高校生ぐらいの時には、髪が薄くなることを心配することもなく、薄くなっても、とりあえず40歳ぐらいまで持てば、いいじゃないか、なんて漠然と考えていたことを思い出す。そんな私が、四十一歳になる。
学生時代の40まで持てばいいなんて考えは、もうない。
まだまだ、フサフサで薄くならずに生えていて欲しいと切に思う。
と、まぁ、何が言いたいかと言うと、学生の頃と、いまでは、人生に対する長期的な視点が違うということ。
学生時代は、男性の人生など、70〜80歳程度と考えていたが、それが80〜90歳。長生きすれば、100歳も夢ではない現実となっている現代。
これだけ生涯の年数に開きが出ると、生き方や、物の価値観などに、大きな変化が生じる。
髪の毛の例もそうだ。人生70だと考えていれば、人生の半分以上を、ハゲずになんとかなったと思うのが、100年時代では、まだ、半分もいっていない、ハゲるのには早すぎるとなるのだ。
学生時代には、想像できなかった人生100年時代、四半世紀に一度程度に、健康に関する技術革新なり、社会変化で、寿命が伸びる可能性があるなら、いまは人生100年と言われているが、あと四半世紀、あと25年後、サイエンスの記事ではあと、35年もすれば、非死の時代を迎えるかも知れない。
そうなると、先を見越して、より長期的な視点で人生を見ていくことが必要になり、その備えがあるか、ないかで大きな違いが生まれるだろう。
私自身は、非死の時代を何とか、健康な状態で迎えて、更に、その頃には若返りの技術も発展している可能性に期待して、第二の青春、十代とは言わないが、40代ぐらいをもう一度、味わえる時代になることを希望している。
なので、これからの人生の戦略では、突発的な事故に巻き込まれて、死なないこと。成人病にならないようにして、多種の病気に発展しないように、健康でいることが人生において一番、重要なことだと考えている。
お金より、健康、時間より、健康。技術発展して、寿命が延びれば、時間は買えるようになる。
だから、これからのことを考えた長期的な視点でいうと、何より、健康であり、非死の医療上の特異点まで、健康に生きていることが重要だ。
そうすれば、何百年、何千年、生きたいと思っているだけ、生きることができ、そんな夢のような時代が拝めるかもしれない。
未来が楽しみでならない。その間に、年金制度の破綻、国の破綻など、あるかもしれなが、健康であれば、どんなことも乗り越えられるはずだ。
長生きをして、あらゆる世界を見てみたい。物語の魔女、賢者のように、何百年も生きて、世界の変化を見てゆきたい。
なんて、薄くなってきた頭で考えている。まずは、髪の毛の問題。一生、ハゲない育毛剤ができたらいいな。