久しぶりに日本映画を観て思ったこと



日付:2020年2月15日

先日、久しぶりに日本映画を観てみようと思い、東野圭吾原作の『ナミヤ雑貨店の奇跡』を再生しました。人気作家の作品が原作、しかも“奇跡”という言葉までタイトルに入っていたので、どんな感動的な物語が待っているのかと期待していたのですが、正直、観終わったあとの感想は「残念」でした。

どうしてそう感じたのか。理由はいくつかあるのですが、一つはタイトルの影響かもしれません。「奇跡」と聞くだけで、自然とハードルが上がってしまいます。観る側としては、何かしら心を震わせるような出来事が起きるのだろうと期待します。ですがその期待が大きすぎると、逆に普通の展開がもの足りなく感じてしまうのかもしれません。

もう一つは、登場人物の描き方。複数の登場人物の過去と現在が複雑に絡み合う群像劇なのですが、それぞれの人物の物語がサラッと描かれている印象が強く、感情移入しにくいのです。背景や内面が見えてこないまま、出来事だけが進んでいく。映画という限られた時間の中で、複数の人物の人生を深掘りするのは難しいとは思いますが、だからこそ「絞り込み」や「焦点」が重要なのではと感じました。

原作ではそれぞれのキャラクターが丁寧に描かれていたのかもしれません。本であればじっくりと心の動きや背景が描けるので、感動も大きくなるでしょう。映画と小説、それぞれの表現の特性の違いも改めて考えさせられました。

最近の日本映画を観ていて感じるのは、制作の方向性がどこかハリウッド的になってきていることです。派手な演出、起伏のある展開を重視しすぎて、日本らしい“余白”や“静かな深み”が失われているように感じます。昔の日本映画には、静かだけれど芯があり、観たあとにじんわりと心に残るような作品がたくさんありました。

黒澤明をはじめとする日本の名監督たちは、そういった“語らないこと”の大切さを知っていたのかもしれません。だからこそ、観客の想像力に委ねる余地があり、深く味わえる映画になっていたのだと思います。

もちろん、すべての日本映画がつまらないとは思っていませんし、作品ごとの相性や好みもあるでしょう。ただ、「もう少し丁寧に物語を描いてほしいな」「登場人物の心に寄り添える映画を観たいな」と思うことが増えてきたのは事実です。

映画はエンターテインメントでもあり、時に人生を考えさせてくれる芸術でもあります。だからこそ、たまに観るときは心に残るような作品に出会いたいものです。

今回は少し辛口な感想になってしまいましたが、たまにはこんな日もありますね。また心から感動できる映画に出会えることを願って、次は違う作品にチャレンジしてみようと思います。

それでは今日はこの辺で。