「 この鏡は一見すると、普通の手持ちの鏡なんですが、ある用い方をすると、不思議な事が起こる魔境なんです。」と、古物商の店主が言った。
「 ある用い方とは、一体なんですか。」と客の男は興味深げに問いかける。
「 血を一滴垂らすのです。そうするとあなたと血の繋がりがある人を鏡の中に呼び出す事ができるのです。」
「 ほう、それは不思議な鏡ですな。血の繋がりがあれば、自分の認識していない人、例えば、血縁で一番古い人間などを呼び出すことはできますか。」
「 もちろん、できますとも。それどころか、人類の母、イブを呼び出すこともできますよ。」
「 へぇ、それは面白い。ところで今試してみても構わないかな。」
「 えぇ、どうぞ。鏡の鏡面の裏に、丸く凹んでいるところに、針が付いています。そこに人差し指を差し入れて傷をつけます。その人差し指の傷から一滴、鏡の鏡面に落としてください。そして誰に会いたいのかを念じてください。それだけです。」
客の男は、店主から魔境を受け取って、言われた通りに鏡の裏の針で人差し指を傷つけて一滴の血を鏡面に垂らした。すると手鏡に上品な顔立ちの老婆が写り込み、客の男を見つめると、急に泣き出してしまった。客の男は、その老婆を見て、どう言うことかと頭を捻る。
「 亡くなった母を願ったのに、知らない老婆が現れた。一体これはどういうことだ。」と店主に苛立ちげに言った。
「 それは変ですね。本当に知らない人ですか…。そうですか、そうなると、言いずらいのですが、もしかしたら本当はこの方があなたのお母上なのかも知れないですね。」
「 そんな馬鹿な!」と男は大声を出した。
「申し訳ないですが、 この鏡に間違いはありえません。」と静かに言った。
「 そんなっ…。」力なく、小さく呟く男。
「 時折、この様に想定外の人が現れて驚かれる事がありますが、後の調査では、必ず血の繋がりがあることが分かっています。ですから、今回も間違いないかと…。」と店主は静かに言う。
「 そうですか、実はどこかで本当の母親ではないのではないかと感じてはいたんです。ですが、一度も母に尋ねることができないうちに母は亡くなってしまいました。母は、墓まで秘密を持っていっていたのですね。それを自分がこんな風に…。」
「 私の方でもう少し注意を促していれば、この様な事態にはならなかったのかも知れません。誠に申し訳ありません。」と頭を下げる店主。
「 いいえ、あなたのせいではありません。私がいけなかったのです。私が母を信じられなかったから…。本当のことを知りたがったからいけないのです。」と、涙を流しながら震える声で言った。
そして男は手鏡を店主に返して、静かに頭を下げて店を後にした。