二百円貸して!?



 自宅から駅までの道すがら、線路沿いの道を自転車で走っていた。途中で横断歩道の信号が赤になり、短い横断歩道なので車通りがいない時には渡ってしまうのだが、今日は車通りが多い昼間なので素直に待つ事にした。
 休日の長閑な雰囲気を楽しむように、春の暖かい陽射しの心地よさと、少し涼しさを感じる涼風を身体に感じながら、車の流れをぼうっと眺めながら信号待ちをする。
 その時、真後ろから突然掠れた声で私に話しかけてきた。
 「 お兄さん帰る前に、食べて帰りたいから、二百円貸して」と、天然の緩いパーマで、耳を覆うほどの髪の長さの、肌が浅黒い年配の女が唐突に呆けた様な表情でお願いされた。
 わたしはとっさに、右手を上げて拒絶のポーズを取りながら、
 「 いや、ダメです。」と、反射的に答えた。
 日々の生活の中に突然、代わり映えしない日常を打ち破って現れた年配の女に、わたしは狼狽してしまい、うまい返答ができなかった。
 かわらない日々に飽き飽きしていたのにもかかわらず、即、拒絶してしまった。
 もし、この年配の女の行動をもっと掘り下げれば面白い経験ができたかもしれないのに、そう出来なかった。
 どうしてわたしに借りようと思ったのか。彼女の精神は正常なのか。なぜ、二百円でいいのだろうか。なんで、見ず知らずの人にお金を借りてまで食べたいのか。貸してって言ったけど、返す意思はあるのだろうかと様々な疑問が思い浮かんだ。
 けれど、信号が青に変わると、わたしは逃げる様に彼女の前を去っていった。
 彼女はどうしたのだろうか。認知症か何かなのか。身なりからそこまで変な生活をしてるような感じには見えなかったが、どうしたんだろう。と、時間が経てば経つほど、なんで話を聞かなかったのかと、うまい返答ができなかったことを悔いた。
 もしお金を貸したら、彼女はどんな顔をするのだろう。本当は認知症で、助けがいったのではないか。どう受け答えたら、良かったのかと、考えてしまう。
 もし今度、同じようなことがあったら、まずは話を聞いてみようと今から決めておこう。突然に起きたから対応できなかったのだ。
 相手が認知症などで助けが必要かもしれないということを前提に、助ける必要のある無しを受け答えを見て判断しよう。