新元号、令和
本日より、新元号、令和が始まる。各地で平成から令和へとの元跨ぎイベントが開催されてお祝いムードで溢れている。
令和は一体どういう時代になるのだろうか。過去を振りかえってみると日本における経済的な状態は、高度経済成長期の昭和の時代は良かったが、次の平成は失われた経済成長と、長く辛い時期であった。それでも日本においては平和な時代が遅れたことが唯一の救いだ。
平成は経済的には低成長時代でありながら、経済的な格差はそれ以上に拡大したり、国の財政支出の拡大から債務残高が1000兆円を超えるという重い負債を将来に残す負の時代であったと言える。
平成の意味は?
「平成」は「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味である wikipediaより引用
平成の時代は、少なくとも元号に込められた意味においてはそのとおりになったように思う。 東日本大震災などの厳しい災害に多く見舞われた時代でもあったが、それでも戦争だけは避けられた。朝鮮半島の不安定、つまり、北朝鮮による弾道ミサイル発射等で軍事的緊張が伴い、危うい時もあったが最悪な自体にならずに済んだ。
令和はどうなるのか?
この令和には人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味が込められております。安倍首相談話より抜粋
令和への思いは、平和の中で人々は絆で結ばれながら文化的な発展を遂げていく時代になってほしいという事か。その中で「人々が美しく心寄せ合う中」というのが鍵であり、もっと人々の繋がりを深くして、助け合いの心を忘れずにいる社会を理想として掲げたことが、政府の考えなのだろう。
平和で人々が仲良く結びつき、文化を発展させる国と取れる元号の意味は、近年の「ゆるい日本」にはある種、あっているのかもしれない。日本らしい理想とする社会。
人々は平和であれば競争も成長も望まない。日々楽しく文化を満喫できればそれでいいと、悪く取るとそう聞こえる。
そういう雰囲気を汲んだ新たな元号であるならば、令和という時代も。平成よりも世界から取り残される、ガラパゴス文化の国に成り下がってしまうのではないかと心配である。
自分たちが好きで自信を持っている文化だけを守って、競争も成長も放棄して、内向きに内輪だけでいい国になれば、今後も経済の低成長、国際競争力の低下、人口減と、全ての分野での縮小傾向は止まらないだろう。
平成の時代は、昭和の栄光である、「ものづくりの国」日本というものに固執するあまりに、ソフト(デジタルの世界)への進出と投資が遅れた。令和の時代も同じ鉄を踏まないようにしてほしい。平成では世界に誇る文化としてアニメなどが持て囃されてきたが、そういった文化も大事だが、これからの時代を見据えて、AIやVR仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)・拡張現実AR(オーグメンテッド・リアリティ)・MR複合現実(ミックスド・リアリティ)、ブロックチェーンなど、次世代の技術投資で世界をリードしてほしいものであるが、現実は周回遅れになっている。
これでは令和も経済的には困難な時代になるであろう。それでも、これはまだ良い方に進んだシナリオであり、悪い方に進んだシナリオでは中国、韓国、北朝鮮、ロシアと、日本、アメリカで戦争が起こることもあるかもしれない。それは、北朝鮮の核放棄の件でもつれて戦争を引き起こした場合、日本は暗く辛い時代に突入するかもしれない。
わたしとしては令和の時代が良い時代になってほしいものであるが、現実はそう甘くないような気がしてならない。経済で負け戦争で負け、国の破綻なんて未来は見たくないものだ。
人口減で深刻な労働力不足の日本であるので、AI、ロボティクスの活用などの投資を加速させて経済を良い方向に引っ張っていくべきだ。それ以外では、移民の受け入れぐらいしか、この国の疲弊を乗り切る手段は無いように思える。
まぁ、何はともあれ、一番必要なのは良い社会に導くしっかりとした政治家が、最も求められているのかもしれない。時代をリードできる政治家が出てくることを期待しよう。