今日も夏日で日差しが暖かで気持ちのいい陽気だ。こんな日には外に出てカフェに行くに限ると本日もカフェにて執筆。
さて、今回は独身について綴ってみるつもりだ。お付き合い頂きたい。
独身といえば休日の自由の時間を自分の為に仕えることのメリットが大きい。そして休日に限らず妻や子などがいないので、家族の用事で自分の時間を費やすことがないので、時間的なゆとりが既婚者より多いのも特徴だ。
時間的な自由、行動の自由、お金の自由などメリットも多い独身者の生活を、独身貴族と言ったりするが、長いことその貴族をやっていると次第に不満も多くなってくるものだ。
わたしの場合は、二十代前半には、家を出て一人暮らしなので独身期間が長い。その間彼女が居たりしていつも一人ではなく、気ままな独身貴族を満喫してきた。
周りが結婚しだして、それが一段落して粗方終わると、段々と状況が変わってくる。
次第に周りに付き合う相手がいなくなっているのである。一方、友人、知人は結婚して家庭を築き、独身時代とは違う生活を始めているので、すれ違いが生じて付き合いが疎遠になる。
独身者は変わらず自由な時間は手にしているが、身近に出かける相手がいなくなるので、当然、伴侶にしたい女性と出会えなくなっていき、いつしか結婚に諦めを感じ始める。
それでも伴侶にしたい相手でなくても、一応、恋人と呼べる相手がいるうちはよいが、相手がいなくなるとそこからが辛い。
若いうちは良かったが、アラフォーにもなると出会いがあまりないし、下手に女性の好みや自身のライフスタイル、結婚観など固まってしまっていて、気軽な恋ができなくなってくるのだ。
また、そのうえ相手に対して心が動く人付き合いたい、若い頃の情熱的な恋愛をもう一度感じられる恋愛結婚がいいなどと、年甲斐にもなく思ってしまい、相手に求める物ばかり大きくな始末だ。
その癖に、自身はというと、若い頃に比べて経済的には豊かになっても、ファッションをサボり、髪型などの美容もサボり、体型などはビール腹と、相手に求める前に自分をよく見ろといった具合である。
付き合えないこと、相手がいないことを、出会えなない環境が悪い、よい相手が見つからない運が悪いなど、自分以外の所に問題を移すことで、自分の問題を棚上げしていることを許す、自分よがりな人間のできあがりになっている。そんなことだから、たぶん恋人ができないのかもしれない。
ここ数年、恋人がいない生活に慣れ過ぎてしまった。慣れてはいても、時折感じる肌寂しさ、若い頃には想像もしなかった不安や寂しさを感じる瞬間が独身でいることの一番の辛さかもしれない。
そして衰えるばかりの男性的な魅力や肉体的な衰えを感じると、もう誰も相手にしてはもらえないのではないかと不安になったり、自分が価値ないものに感じることがあることは独身であることの負の一面ではないだろうか。
だから、いま恋人がいない人にはもっと積極的に恋愛をすることをお勧めする。独身であることは恋人がいない間に、短期に満喫するもので、ずっと一人で生きていくなんて考えは辛いものでしかないことを気づいて欲しい。独身は決していいものではない。
私自身、四十歳を過ぎて恋人を見つけることも難しいが、それでもどこかに相手がいるはずだという希望だけは捨てはいない。人生、百年時代。一人で生きるには長すぎる。歳を気にせず恋愛して人生の伴侶を、諦めてはいけない。
恋は何歳でもできる。相手に求める前に、自分を変えて相手に受け入れられる様な人間にならなければ、到底相手に受け入れてもらえないことを、わからなねばと思う。
歳を取ると恋愛には及び腰になる。そんな自分を奮い立たせて、自分に甘くなることばかりせず、魅力的な人間になることに手を抜かない姿勢が必要だ。
それが第一歩かもしれない。自分磨きを忘れずに、よい出会いがあることを願おう。