サブスクリプションの罠


 一人の時間をどう使えるかで、成長できるかが決まる。
 寂しさが少しでも気分が紛れるようにと貴重な時間を動画を観ることに流されているようでは、成長の機会を無駄にしている。

 近頃は、夜の自由の時間を動画を観るだけに費やしてしまうことが増えてしまった。Amazonのプライム・ビデオとHulu を契約しているので、動画作品には、事欠かない。
 それでも以前はセーブしていたのだが、いまでは一気に寝る前までの何時間かを平気で見続けている。

 動画見放題のサブスクリプション・サービスは素晴らしいが、時間を浪費させることを許してしまう負の側面もある。
見放題の罠にハマってしまう一つに定額でお金が安いこと、シーズンが完結した作品の一気見ができることや、次からつぎへと新しい作品が入ってきて、キリがないことなどが挙げられる。
 それら動画を観ることに容易にしたり、ハマらせたり、飽きさせないように作られたサービスの誘惑を断ち切ることは、簡単ではない。

 面白い作品は、睡眠を削ってでも一気見してしまうし、それだけのことをしてしまっても、後悔しないだけの面白い作品があるから、また、他に同様な面白い作品はないかと、飽きることなく見続けてしまうのだ。

 それでも夕飯時に一時間だけ観ることに決めていたのに、いまでは何時間も観てしまっている。これは何とかしなくてはと反省している。

 動画は楽しい娯楽ではあるのだが、度が過ぎていると人生にとっては悪害である。一年に何時間を動画に捧げているかわからないが、たぶんかなりの量だろう。それを他のことに使って努力の少しでもしていれば、何か特技の一つでも身につけられたかもしれない。

 この動画問題も何でも悪害は、直そうと何度も挑戦しているが、完全に直すのは難しいみたいだ。毎度、トライ・アンド・エラーの繰り返しだ。

 悪い習慣かんは身につきやすく、良い習慣は身につきにくい。

 今まで動画に捧げってきた時間が全て価値のない時間だとは思わないが、より価値のある時間として使えた可能性を思うと、その喪失の大きさが重さが心に募る。

 明日からは、また、動画に関しては、時間制限を設けるなどの管理を徹底させていこう。

 動画を観ることは趣味であるのだが、他人の視点として、我が身を見つめ直すと、貴重な時間をテレビの前に座って動画を観ることだけに使ってしまっている、悲しく寂しい生活に映る。

そう自身で感じているのだから、何としても変えていくべき習慣だ。

 簡単には直らないが、動画にだけに時間を取られるような生き方はしないように気をつけていこう。