心の声



 日々の生活の中で、どれだけ心の声を意識しているだろうか。

 仕事が忙しく時間がないので、スキマ時間を有効活用と称して、食事しながらテレビのニュースを観たり、スマホ片手にニュース・アプリを開いて確認したりと、まるで自らの意識を遮断するかのように、心の声を聴くこと締め出して、意識しないよう過ごしてしまっている。

 また、移動中も音楽に意識を持っていくことで、満員電車の不快感を反らしたり、仕事中もたいして大事でないことに、グズグズと時間を掛けていながら、意識を集中させていると勘違いしていたりということがある。

 なぜ、心の声を聴くことを避けてしまうのか、感情に目を反らすことばかりしてしまうのだろうか。

 たぶん、現実の状況があまりにも、不快であったり、辛かったり、するあまりに心の声を聴くことを無意識的にしないようにしているのかもしれない。

 心の声を聴くことは、不快なこと、辛いことを、直接的に受け入れることなので、ストレスが掛かるため、意識しないようにしてしまう、人間の防衛本能なのかもしれない。

 だが、その心の声を聴くことをしなくなってしまうと、思わぬ落とし穴に落ちることもある。

 例えば、心の声に耳を傾けない為に、本当に自分に必要なことから逃げ続けてしまうといったことだ。

 心の声を反らす為に、必要のない行動ばかりに注力してしまい、結果、本当にすべき事から遠ざかるようになってしまうのだ。

 これでは本来望む人生があったとしても、現実の苦痛から逃れる為に、聴く耳を閉ざした結果、違う方向に向かってしっている状態だ。

 確かに現実にいつも正面から立ち向かい、自身の心の声を聴き続けることは、骨の折れる事だ。なにせ、日常の生活の中には、不快で、苦しいことで溢れているからだ。

 そんな時、心を閉ざす、意識を反らすといったことは有益かもしれない。

 だが、四六時中、そうであっては、自分はどう生きたいのか。どうしたいのか。何を学びたいのか。など、自分を知ることができなくってしまい、痛みを反らすだけの目的のない人生を生きることになってしまう。

 だから、一日に、数分、できれば15分以上を掛けて、自分の心に向き合う習慣を作ってはどうだろうか。

 心の声に向き合うための良い方法は、日記を書くことである。

 日々の起きたこと、感じたこと、これからどうしたいかなど、心の声を書き記すことには、自分というものを知る作業であり、自分の人生の軌道修正には欠かせない。

 意識的に、日記で心の声を書き記して、日々、振り返りの機会を作らないと、人は簡単に道をそれてしまうし、本来の目的を見失うことなど頻繁に起きてしまう。

 日記を付けていても、気がつくと、目的がそれてしまったりということが、起きるのに、普段、何もしないで生きているという行為は、コンパスも持たずに、旅に出て、行き当たりばったりで目的地も知らないままにいるのに同じだ。

 だから、日記でも、瞑想でも、何でもいいが、一日の中に、心の声を聴く時間を持つのはどうだろうか。