誰かのための「おひとり様席」が、僕には寂しく見える理由

1. ガストの「おひとり様席」に感じる違和感

最近、ファミリーレストランのガストにできた「おひとり様席」が、SNSで話題になっているという。

個室のようなプライベート空間で、勉強や作業に集中できる席だ。多くの人が「一人でも罪悪感なく利用できる」と好意的に受け止めているらしい。

しかし、僕はその話を聞いて、少し複雑な気持ちになった。

たしかに、誰かのために配慮された席なのだろう。

でも、僕にはその席が、まるで風俗店の個室か、トイレの個室か、はたまた反省室のように見えてしまう。

壁に向かって食事をする人たちが一列に並んでいる光景は、飲食店という明るい場所には不似合いな、どこか寂しい雰囲気を漂わせているように感じてしまうのだ。

飲食店は、本来、知らない人同士が集まり、美味しいものを囲んで笑顔になる場所だと思っていた。

開放的な空間で、皆が楽しそうに食事をする。それが、飲食店の醍醐味ではないだろうか。

それなのに、この「おひとり様席」があると、その店の雰囲気は一気に異様なものに変わってしまうように感じるのは、僕だけだろうか。


2. 日本の外食産業は「貧乏性」になったのか?

なぜ、日本の外食産業はこうなってしまったのだろう。

特にファミレスには、なぜかカウンター席が少ない。

そして、かろうじてカウンター席がある店でも、壁に向かって食事をするような、効率だけを重視した作りになっていることが多い。

壁を見て孤独に食事をする人、その光景を見る人。どちらもどこか寂しげに見えてしまう。

もちろん、日本には立ち食い文化や「ぼっち飯」といった独特の食文化があるのは事実だ。

安さを求める風潮も、多様な文化を許容する日本の奥深さだと言えるのかもしれない。

しかし、どうも今の日本の外食は、雰囲気や居心地よりも「安ければいい」というお店ばかりになってしまっているように思う。

質より量、雰囲気より安さ、客の居心地より儲け――

すべてが利益優先になってしまっているように感じてならない。

お店はアルバイトにホテル並みのサービスを求める一方で、ろくな教育もしない。

客側は王様気取りで、店はそれに振り回される。

店の格とサービスが全く噛み合っていないような店が溢れている。


3. 誰のために、食事の空間はあるのか?

今の日本の外食産業が世界から注目されているのは、食材の良さや、日本の食としての魅力が高いからだ。

しかし、店の雰囲気や居心地は、最低レベルに近いのではないだろうか。

2020年のオリンピック開催を控える日本。

海外からの観光客は、日本の食事を楽しみにしてくるだろう。

そのとき、彼らの目にこの「おひとり様席」はどう映るのだろうか。

安さや効率だけを追い求めて、心を満たすことを忘れてしまった日本の外食産業の姿を、彼らに見せることになるのではないだろうか。

僕は、食事というものは、ただ空腹を満たすだけの行為ではないと信じている。

それは、人と時間を分かち合い、心を豊かにするための時間だ。

だからこそ、もっと雰囲気や居心地を大切にした、誰もが笑顔で食事を楽しめる空間が増えてほしいと願っている。