時間浪費の真の原因とは?


 iPadで手描きの刺激で自分の中に何か変化を与えて書く内容を探したが、何も浮かばなかった。
 手書き文字が下手なこと、見栄えが悪いことが気になって、何度も書き直したり、ペンの種類を変えたりと、本来の目的、書く内容を考えることを忘れて、手書きを試しているだけで、時間を浪費してしまった。
 以前より、何度も問題視していることだが、本来の目的を忘れて、関係のないものに気を惹かれて無駄な時間を過ごしてしまうことが多い。
 人間が、他の注意に惹かれやすいのか、私自身の集中力の欠如か、その両方か定かではないが、どうも一つのことを集中してやることが難しいらしい。
 連続して一つのことをやる事ができない。読書など、ある程度、娯楽的な要素が強いもの、受動的で、体力的にも楽な事などは、別で、他のことよりは持続する。
 それでも二時間ぐらいが精一杯である。仕事などなら、よく集中できて一時間。集中できずに、ダラダラして、漸く集中できてからも、最大一時間程度と、生産性が悪い。
 なんとか、集中力を持続させたいものだが、どうしたものか。
 この集中というのも、ものを書くという作業でなければ、幾分、即集中でき、何かしら作業に集中が効く。
 それが、ものを書く時には、何かしら書く材料が揃っていて、書きたい事がある場合は、即集中できることもあるのだが、殆どの場合、ゼロからの出発であり、書き出せるキッカケ作りに時間を盗られてしまったり、全く書けずに時間の浪費だけに終わることもある。
 それが、今の問題点であり、改善しなくてならない代物だ。
 とりあえず、この問題を整理すると、要は、受動的で楽な作業では、簡単に集中ができる。
 書くことなど、高度にクリエイティブな能力が必要な仕事では、集中ができない。
 しかし、書くことのがある場合、つまり、取っ掛かりがあれば、集中して書くことができる。
 と、いうことは、要は、集中力のある無しの問題では無く、スムーズに作業に入れるかどうか、つまり、作業の取っ掛かりを掴めるかである。
 受動的で楽な作業では、取っ掛かりは簡単である。ただ読むだけであったり、観るだけだ。
 これを書く作業でも、応用でき、取っ掛かりが掴めるようにすれば問題が解決する筈である。
 執筆するアプリの白画面をただ見ていても、何も取っ掛かりが掴めない。なら、先に何か読書などをして集中してから、書く作業に入ってみても、読んでる時は集中できても、執筆アプリの白画面に移ったら、途端に作業に躓く。
 それではどうすればいいのか?
 昔、作文など文章の授業などで学んだ、基本的なことをやってみることが、大事ではないか。
 つまり、何も浮かばないなら、たった一つでも何か関心がる。引っかかるキーワードだけでも書き出す。
 そのキーワードに関連することなどを書き出して、発想を膨らませる。そうやって発想を増殖させていき倍々と情報を増やしていき、一つのキーワードから始まった思考のカケラから何かしらの情報の断片が浮き出てくる。
 そこから、共通点、相違点、や、この情報から何を言いたかったのかを分析する。
 そうして出した情報を抽象化して、自分の書きたいことを抽出する。そうそれば、取っ掛かりとして、書き出しに十分な情報と集中力が得られる筈である。
 この基本作業の大事さを忘れずに、無駄に白い画面を眺めて時間を浪費することや、他のことに集中力を奪われないようにしよう。
 今回わかったのは、集中力の欠如かよが問題で時間を浪費していたと思っていたものも、実は仕事のやり方、作業の進め方が良くなかった為に、時間の浪費を招いてしまっていたことだ。