昼過ぎに起きて昼食を近所の横浜家系ラーメンを食べるためにでかけ、食後はマクドナルドにてノマドワークをするために立ち寄った。 いざ仕事を始めようとして用意をする。必要なものはiPadとワイヤレスキーボード、そしてテザリング用のiPhoneだ。
外での仕事であるが、scrivenerという文章ソフトを利用しているため、ファイルが同期できていない状態で仕事をするのは、続きから仕事ができなことであるので、テザリングにてネットの接続を構築するのだが、今日は電波が来ているのにも関わらずに接続エラーが起こることで20分近くも時間を無駄に使ってしまった。
諦めてオフラインで仕事をしたりすればいいものを、どうにも納得がいかず使えるまで何度もやり直してしまった。そのやり直し方が賢くなかった。繋がるまで何度もブラウザでホームページを開くことを試すことや、LINEの接続はできるのかの確認などは、接続エラーが出ている状態では何度やっても改善が見られないのにも関わらず、苛立ちからか頭が働かずに、何度も苛つきながらやり、時間を浪費してしまった。
通常のやるべきことは、第一はテザリングの接続をもう一度やり直すこと。第二に、それでも繋がらない場合は、各端末の電源を再起動することである。
基本に忠実にやらなかった為に、時間を無駄にしてしまった。結局は大抵の不具合は電源の再起動で直るので、最初に試すべきであった。
どうしても目先の事に囚われてしまう面が人間にはあるようだ。特に怒りなどで頭が回っていない状態の時は特に。ブラウザでネットが繋がるか確認する時もブラウザのデータを読み込んでいることを表示するバーの動作が通常よりゆっくりと進むのだが、バーが進むことで今度は繋がるのではないかと淡い期待をしてしまうことで何度も同じ間違えをしてしまう。
過去に一回すぐにネットに繋がらなくても、何回か後に普通に繋がったなどの記憶もあるので何度も試してしまうということを犯しがちになる。ただ、その記憶にしても何度もあることの記憶で無いにしても、強い記憶として残っているのでその経験則を実践しようとしてしまうように思う。良い対処法でないのにも拘らずにだ。
つまり、人は正しい手順を知っていても、すぐにそれを優先順位の一位の情報として取り出せず、過去の成功体験に基づく慣れた方法を取りがちになるということだ。それがたとえ、正しく効率的な良い方法でなくても、やったことがあり、知っているやり方に固執しがちになってしまう。
それではどうすればいいのか?いつも不効率で間違った方法を繰り返すしかないのか?人が何か不具合に対処する時に、過去の体験を基に対処することを生存の技術としててきた人類の本能に逆らうのは難しい。
けれども、方法がないわけではない。それはその過去の体験に基に対処する本能を利用するのである。つまり、今回間違ったやり方をしてしまっても、その失敗を認めて反省して、どう間違ってしまったのかを心と記憶に留めて、過去の経験を上書きすること、要は学習することで次に間違わないようにするのである。
それが正しいアプローチである。本能に逆らおうとするのは間違いというか、まずできない。できることは、当たり前でのことではあるが、失敗から学ぶしかないのである。
そしてその際に大事なことは、失敗をしたことを認識して認め、心理的な後悔を持ち反省すること、意識と感情に強い記憶を残すことが重要になる。そのような強い経験を無しには記憶を上書きして、新たな経験として更新できない。
なので、何度も同じ間違えをしてしまうと言う人は、失敗をしたということを認めない人、失敗を失敗として心に止めない人なのだと思う。
失敗失敗というと大事のように言ってるみたいだが、まぁ、やり方を間違えた、他にもっと良いやり方があったと、改善点を認めるような気持ちを持てればいいだけの話である。
素直に間違い、失敗を認められたり、もっと良い方法があると追求できる人は、いくらでも成長できるということだ。 何度も失敗をしてしまうという人は、素直な気持ちで間違いを認めることから始めてはどうだろうか。私も今回の時間を無駄にしてしまった経験をしっかと上書きして、次は間違った対応をしないようにしたいものである。
なにかの参考になれば幸いである。では、、、。