最近、街を歩いていてふと足を止める機会が減った気がします。その理由は、僕の心のどこかにあった「馴染みの景色」が、少しずつ欠けていっているからかもしれません。
先日、愛用しているペンがインク切れを迎えました。ぺんてるのエナージェル、0.7mm。その中でも「ブルーブラック」という色が、僕の思考をノートに写すための大切な相棒です。
以前なら、駅前の小さな文房具屋さんに駆け込めば、当たり前のように棚に並んでいました。でも、今はそのお店も、隣町の文房具屋さんも、いつの間にか姿を消してしまいました。
ネットを開けば、瞬時に「正解」へたどり着けます。しかし、画面に並ぶのは「10本セット」の文字ばかり。僕はただ、あの心地よい書き味を一本だけ、自分の手で確かめて選びたいだけなのです。
効率を求める現代において、一本のペンを探し歩くことは、あるいは「無駄」なことなのかもしれません。でも、書く人間にとって、その一本との出会いは、単なる買い物を超えた意味を持っていると思うのです。
1. 思考を預ける、静かな相棒
僕の朝は、モーニングノートを広げることから始まります。まだ頭がぼんやりとしている時間、心に浮かんでは消える断片を掬い取ってくれるのが、0.7mmのエナージェルです。
ブルーブラックという色は、不思議な力を持っています。真っ黒ほど強く主張せず、かといって青ほど若すぎない。それはまるで、静かな夜明けの空の色や、深い海の底を覗き込んでいるときのような、穏やかな落ち着きを僕に与えてくれます。
筆圧をかけずとも、さらさらと紙の上を滑る感覚。そのリズムに乗って言葉が溢れ出すとき、僕は自分自身と深く対話できていると感じます。たかがペン、されどペン。思考を乗せる「道具」への妥協は、自分自身の心の声に対する誠実さを欠いてしまうような気がして、どうしても譲れないのです。
2. 「便利さ」が奪っていく、出会いの手触り
今の時代、指先ひとつで明日の朝には玄関にモノが届きます。それは確かに素晴らしいことですが、その便利さと引き換えに、僕たちは「一期一会の手触り」をどこかに置き忘れてきてはいないでしょうか。
文房具屋さんの店内に漂う、独特の紙とインクの匂い。試し書きの紙に残された、誰かの筆跡。その中で、自分にぴったりの一本を見つけたときの、あのささやかな高揚感。
「10本セット」で届く均一な安心感よりも、僕は不自由な道のりの果てに見つける「たった一本」との縁を大切にしたいのです。効率よく最短距離で手に入れたものよりも、手間をかけて手に入れたものの方が、なぜか長く、大切に使える。そんな気がしてなりません。
3. 「不器用な旅」を続けよう
近所の店を数軒回ってみましたが、棚には定番の黒と赤しかありませんでした。店員さんに尋ねるのも少し気恥ずかしく、結局その日は手ぶらで店を出ました。
でも、不思議と嫌な気分ではありませんでした。「あ、ここにもなかった」と苦笑いしながら、夕暮れの道を歩く。その不器用な時間そのものが、忙しない日常の中にポッカリと空いた、僕だけの「余白」になっていたからです。
すべてが計画通りに進み、すべてが効率的に片付いていく世界。そんな中で、たった一本のブルーブラックを探して彷徨う時間は、僕にとって自分を取り戻すための大切な旅なのかもしれません。
まとめにかえて
皆さんの周りにも、効率を考えれば手放すべきなのに、どうしても譲れない「小さなこだわり」はありませんか?
すぐに手に入らないからこそ、手に入れたときの一本が、まるで自分の一部のように馴染んでくれる。そんな不自由な喜びを、僕はこれからも大切にしていきたいと思っています。
僕のブルーブラックを探す旅は、もう少し続きそうです。もしどこかの街角で、青黒いインクの棚をじっと眺めている男を見かけたら、それはきっと、自分だけの納得感を探している僕かもしれません。
皆さんの明日が、効率だけでは測れない、豊かな出会いに満ちたものでありますように。
.png)