はベランダで日光浴をしながら日記を書いている。外に出たいが出ても行く場所がない。目的もなく散歩をするというてもあるが、マスクをして出掛けるのが面倒なので思い立ってベランダで日光浴をすることにした。
海外の映画などでは自宅の玄関のテラスでベンチに腰を掛けてゆっくりする光景はよく目にするが、現在の日本では見かけない。
ましてや一般のマンションではベランダも狭くてゆったり過ごすことができないが、どこにも行けない非常事態の中なら我慢してリラックスした時間を過ごそう。
緊急事態宣言後は買い物以外に外に出ていないため久しく日光の暖かさや風の感触や薫りを忘れていたので、新鮮に感じて素直に気持ち良い。
ベランダからの眺めはコロナ以前とそこまで変わらない。変わったのはみんなマスクをしているのと、人の会話の声が聞こえないことだ。
昼間は子供のはしゃぎ声や近所のおばさんの井戸端会議の声などの日常の響きが聞こえていたが、今は一切しない。
人が起こす社会的な繋がりで発生する音がなくなる。それが今起きていることなのだと実感する。人と人の間に繋がりを断つ世界が始まった。
これが長期間に渡って続く。新しい世の始まり。この世界に慣れるのは難しい。今は緊急事態宣言の下に皆が意識的に我慢して頑張っているが、宣言後も継続が必要と分かっていても昔の状態に戻ってしまうだろう。
そしてまた宣言がされる。そんなことを繰り返しいつの間にか、人と直接の繋がりを持たないのが当たり前の世界になって行くのかも知れない。
コロナ完全終息には10年は掛かるとも言われている。10年後の世界はコロナによってどうかわるのだろうか。今、全てを見通すことはできないが、コロナによってもう以前の日常の世界は戻らないということだけはわかる。
人はコロンと共に克服するまで付き合っていかねばならないのだ。今まだコロナとの付き合いの初対面でしかなく、コロナ自体が時間の経過と共に変化していく、もっと凶悪な変化を起こして、これまで以上の変化を世界に与えることもおき得ることを想定して生きてゆく危機意識が必須の戦時に生きている自覚を各人が持たねばならないだろう。
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